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2011年09月 アーカイブ

破壊の本能

ようやく坂の頂上に達しましたがそれ以上は走れません。


主人公は血走った目であたりを見回します。


トレーラーが勝ち誇ったようにその姿を現わします。


主人公はついにドアをあけ、草地の上に身を投げ出します。


トレーラーは中古車情報でも人気のあるセダンに激突、炎上します。


トレーラーの運転手は何とか両車を切り離そうとしますが、2台はもつれ合って谷底に転落、大爆発が起るのです。


破壊のシーンを目のあたりにした視聴者は、例の"代償的満足"なるものを味わうわけですが、カー映画の本道はチェイスから破壊へと通じているのかもしれません。


破壊本能という言葉は簡単に口にされます。


・・・しかし20世紀の暴力と破壊への嗜好は、もっと根深いものがあります。


徹底した破壊以外の何物でもなかった2つの大戦の記憶が、あるいはその下敷きにあるのでしょうか。

スピードの美学

人間と機械の関係のあり方。


その変化の様態は20世紀を理解するうえで大きな意味をもっています。


映画という庶民のひそかな願望の中で、機械(特に中古車情報でも人気の自動車)は人間と親しく交流し、コミュニケートし、心情的にも相互理解を行います。


・・・と同時に光にともなう影のように、無惨な破壊も顔をのぞかせています。


20世紀とは人間と機械の"もたれ合い"、その愛憎関係が着実に強まっていき、機械なしに人間は生きられなくなっていく状態にまでなった時代です。


しかしそうした"機械の中の機械"というべき自動車の魅力(もしくは魔力)は、はたしてどこにあるのでしょうか。


ネオ・フロイディアンと言われるアメリカの心理学者エーリッヒ・フロムによると、現代人は生に接する態度がしだいに機械的になりつつある、と指摘します(『悪について』鈴木重吉訳)。


生を愛するバイオフィリアではなく、むしろ死を愛するネクロフィリアの傾向が強いといいます。


また創造することのできない人は破壊したいと願う、とも言っています。


彼はそれを裏書きするものとして、実は前述のマリネッティの『未来派宣言』を引用しています。


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