代理戦争としての自動車レース
轟然たるエンジン音。
"死を賭しての"デッドヒート。
ときとして発生するクラッシュ事故!
・・・さらにそれは、たまたま純粋の傍観者であるべきはずの観客まで巻き込むことがあります。
1957年のイタリアのミッレ・ミリア(1000マイルレース)では、ゴールのわずか30マイル手前の地点で、路上のキャッツアイ(路面に埋めこんだ夜間用反射標識)のためタイヤをバーストさせたスペインのデ・ボルタゴ侯爵の操縦するフェラーリは鈴なりの観衆の中につっ込みました。
空中高く飛び上ると溝の中に落ち、ボルタゴと同乗者は即死・・・。
同時に子供5人を含む10人の生命が奪われました。
27年にはじまったミッレ・ミリアは、この年を限りに中止となりました。
さらにその前の1955年のル・マン24時間レースでは、メルセデス・ベンツ300SLRに乗ったフランス人のピエール・ルヴェーは、先行するオースチン・ヒーレーと接触して空中を舞い、満員の観客席にとび込んでいます。
車は爆発炎上し、80名以上の死者を出しました。
中古車の情報などが氾濫する現代社会ですが、いまだにこうした自動車レースの人気が高いのも不思議です。
やはりスピードには魔力があるのでしょうか。