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2012年01月 アーカイブ

トップの座を守り続けるメーカー

GMがかつてその中興の祖と言われたスローンのもとで事業部制を採用し・・


当時としてはまさに画期的な組織革新に乗り出したのは、1920年不況と、その時までの子会社の寄合世帯による不統一と放慢経営であわや倒産の危機に直面した時でした。


そしてこの時の起死回生の機構改革は、1920年代のアメリカ自動車市場の環境変化を読み込んだ戦略構想と結びついています。


この時の組織革新と戦略展開が見事に結実。


GMは20年代の間にトップ・メーカー、フォードに対する逆転劇を見事に演じ、以来トップの座を守り続けてきています。


・・・そして、この時の事業部制組織の大原則であるキャデラック、ビュイック、オールズモービル、ポンティアック、シボレーの主要車種ライン別の5事業部を根幹とする組織構造は、一貫して守られてきたのでした。


ところが今回の機構改革では、ビュイック、キャデラック、オールズモービル、の3事業部を大型乗用車グループに、シボレー、ポンティアックの2事業部にGMカナダを加えて小型乗用車グループに・・・


それぞれ集約化し、総括するというのですから、これは、今までにない大がかりな組織の改変です。


ミツオカ 中古車が有名になる前の事件です。

組織改革とその歴史的意義

この時期に、なぜGMがこのような大がかりな機構改革に踏み切るに至ったか・・・


その戦略的狙いはどこにあるのか・・・


これらの点について、機構改革の内容とも照らし合せて検討を加えることにしましょう。


1920年末に、GMが不況下の過剰在庫で倒産の危機にひんし、創業者デュラントが辞任した後を受け継いだスローンは、約4年がかりで事業部制による組織改革を行っています。


彼が事業部制を採用した主たる動機は、5つの中堅自動車メーカーの統合持株会社でスタートしたGMが、管理の全社的統一性と体系性に欠け・・・


各子会社の政策がまちまちであった状態を改め、明確化された統一方針11戦略方針をまず確立することでした。


そして、そのような統芳針のもとで、全社的目標を提示し、各子会社を事業部として、共通の統芳針の枠内で、これに包括的な責任と権限を与えます。


そして、各事業部の分権化による社内競争を推奨して、GMの組織の活性化をはかったのです。


この頃には、まだ今のような中古車検索方法はありませんでしたね。

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