自動車と中古車の歴史
日本の文士の場合、特別な場合を除いて、テクノロジーに関係したことについての無知と無理解をカバーするため、軽蔑をもって接しようとしました。
いえ文士だけでなく、一般的日本人とテクノロジーのかかわり合いの仕方が、それと同じだったのでしょう。
第二次大戦後になり、日本の自動車工業が本格的に成長しはじめても、自家用車の比率はごく低く、タクシー優勢の状態はしばらく続きます。
"純粋に自家用車として"設計されたはずのスバル360でさえ、純オーナー用は初期においては8%にすぎなかったという調査報告もあります。
中小企業向けの社用車が大部分でした。
そして多くの人々が自らの手でハンドルを握ることのできるのは、経済が異常なテンポで成長を続ける1960年代半ば以降です。
そして便利な中古車の検索システムが完成するのは、そのさらに数十年後です。
戦前と最も異なる性格は、かつて軍需と結びついていた自動車産業が、家電製品と同じ、消費経済にその活路を見出そうとしたことでした。
この中にあって、梶山季之の『黒の試走車』(昭和37年、1962年)は、しのぎをけずり合う自動車メーカーとその中の人間を描くものとして、戦前に見られないジャンルを開拓しました。